雑記
信武鉄道のいろいろ。
▼ 特急車
準備中
▼ 通勤車(一般車両)
準備中
▼ 通勤車(ワンマン対応車両)
準備中
▼ 通勤車(地下鉄直通対応車両)
準備中
夕刊の輸送が行われている。上野駅や川口駅では,13時台から15時台にかけて新聞の積み込みが行われる様子が見られる。積み込まれた新聞は車両ドア横付近に置かれた後,指定の駅で駅員又は新聞配達員により降ろされて,配達され,或いは駅売店に並べられる。ものによっては,途中駅で他の列車やバスに積み替えられることもある。
ツーマン運転の場合は車掌による肉声放送が行われる。分割併合・種別変更などの複雑な運用が多いために,自動放送の整備が行われていない。
ワンマン運転の場合と,軌道線では自動放送が行われる。
▼ 接近放送(詳細型)
準備中
▼ 接近放送(簡易型)
準備中
▼ 出発指示合図
連動駅の場合,信号開通と発車時刻を乗務員に知らせるため,ブザーまたはベルが鳴動する。基本的には下り方面が低音,上り方面が高音のブザーであるが,駅によって若干音色が異なる。多くの駅では「低音1」と「高音1」のペアが使われており,まれに「低音2」と「高音2」のペアが見られる。鳩ヶ谷駅上り・七本木駅下り・芦田駅下りは同一ホームから同時に発車する可能性があるため,副本線側は高音のベルとなっている。日暮里駅3番線は共営内堀線のホームであり,発車サイン音としてブザーが鳴動する。
下り方面 指示合図(ブザー・低音1)
上り方面 指示合図(ブザー・高音1)
下り方面 指示合図(ブザー・低音2)
上り方面 指示合図(ブザー・高音2)
鳩ヶ谷3・七本木1・芦田1 指示合図(ベル・高音)
日暮里3番線 発車サイン音(ブザー)
側窓のロールカーテンを省略する車両が多い中,信武鉄道ではすべての車両に装備されている。UVカットガラスにしたとしてもなお暑く感じたり,デジタル端末の画面が見づらくなるなど,ロールカーテンの必要性を作者が感じているからである。
扉間の7人掛けロングシートを3人~4人で分ける仕切り板が設置されている車両が多い。
弱冷房車は6両編成の上田寄りから2両目である。6両編成にしか設定されていないため,4両編成・2両編成のみで組成された列車には弱冷房車がない。
信武鉄道には,①「信武上野」のように「信武」を冠する駅,②「新大門」のように「新」を冠する駅,③「上州富岡」(現:富岡)のように昔は旧国名を冠していた駅がある。最も古くからあるのが③の旧国名を冠する駅であり,武州鉄道には「武州」,上信電気鉄道には「上州」を冠する駅があった。これらは信武鉄道成立後も引き継がれたが,1980年代には既に国鉄との貨物輸送が廃止されたこと,旅客案内において旧国名部分は省略する慣例があったことなどから,これらの駅の旧国名は正式に外された。
①の「信武」を冠する駅は,信武鉄道成立と同時期に熊谷~本庄間が開業した際,「信武石原」「信武深谷」の2駅が設置されたことに端を発する。前者は秩父鉄道の石原駅が,後者は国鉄の深谷駅が至近にあるため,区別する必要から会社名である「信武」を冠したものと思われる。その後に開業した駅でも,至近距離に同名の駅が存在する場合に「信武」を冠する法則は変わっていない。旅客案内においては,停車駅案内など一部を除いて「信武」を省略した形で案内される。
②の「新」を冠する駅は,新大屋駅が初出である。当駅は,信武鉄道が上田丸子電鉄を吸収合併する際に,電鉄大屋駅が移設され,従来の電鉄大屋とは大幅に違う場所となったことから,旧駅との区別のために「新大屋」とされた。もう一つの「新」を冠する駅である新大門駅も,武蔵野線旅客化時に従来の下大門駅を北へ移設した際に改称されたという歴史がある。大幅な駅移設等で旧駅と区別する際は,「新」を冠することとなっている。
信武鉄道沿線民と話すときに恥をかかないよう,マスターしよう!
▼ 普通に難しい系
・種足(たなだれ)
・東五十子(ひがしいかつこ)
・本動堂(もとゆるぎどう)
・南蛇井(なんじゃい)
・牛鹿(うしろく)
▼ 地味に間違えやすい系
・前田(まえた)※「まえだ」ではない。
・埼玉(さきたま)※「さいたま」ではない。
・鬼石(おにし)※「おにいし」ではない。
信武鉄道がある世界線では,「岩槻」と冠した駅が3つある。岩槻駅・岩槻北口駅・岩槻町駅である。これらの関係性は,府中市にある府中駅・分倍河原駅・府中本町駅の関係性に近い。商業の集積が見られる一方で単独駅の岩槻駅=府中駅,乗換駅の機能に全振りしている岩槻北口駅=分倍河原駅,後から開業した単独駅である岩槻市駅(現実の東武鉄道岩槻駅)=府中本町駅,といった感じで考えると,岩槻市中心部の駅のイメージが掴みやすいかもしれない。
▼ パスネット
他の在京私鉄各社と同じく,2000年10月14日より,プリペイドカード方式の磁気カード乗車券「パスネット」が導入された。信武線内では鉄道線全線で利用できたが,改札機が設置されていない無人駅・長野軌道線・霧ヶ峰ロープウェイでは利用できなかった。駅の自動券売機や窓口はもちろん,信武百貨店(当時),東京都内・埼玉県内の信武バス営業所・定期券販売所でも購入できた。カード裏面に印字される漢字略称は「信武」,英字略称は「SM」であった。
▼ バス共通カード
1984年10月,「東京都区内バス共通回数乗車券」の発売が開始された。その後に横浜市内で発行された「バス共通カード」が都内にも拡大する形で,1994年10月には,信武バスの東京都区内均一運賃区間においてバス共通カードが導入された。導入後しばらくは均一運賃区間以外では使えなかったが,段階的に多区間運賃制の営業所へと拡大し,東京都・埼玉県・群馬県内の全路線で利用できるようになった。一方で長野県内の各路線では利用できず,「信武バスカード」が別途発行されていた。東京都・埼玉県・群馬県内の各営業所・定期券販売所,鉄道線の定期券販売所,一部の売店等で購入できた。
▼ 信武バスカード
信武バスでは,1990年に「信武バスカード」の発売が開始された。信武バス全線と長野軌道線で利用でき,発売当初の券種は,1,000円(利用額1,100円),3,000円(利用額3,300円),5,000円(利用額5,700円)の3種類であった。1994年からは都内均一運賃区間でバス共通カードが導入されたことで,発売額5,000円のカードの利用額が5,850円となり,バス共通カードと揃えられた。また,東京都内の営業所・定期券販売所ではバス共通カードと一本化するため,発売を終了した。その後は多区間運賃制に対応するカードとして,埼玉・群馬・長野の各県内で発売され,発売額10,000円(利用額12,000円)のカードも発売された。しかし,バス共通カードの多区間運賃制対応によって共通カードに一本化されることとなり,埼玉・群馬の両県内で発売終了となった。長野県内はバス共通カードの導入対象外となったことから長く販売が続けられ,2007年のPASMO導入まで広く普及した。2010年のバス共通カード利用終了後も発売が続けられていたが,2012年に発売終了となった。
▼ M井財閥との関わり
信武鉄道と最も深い関係のある財閥はM井財閥であり,そのため,メインバンクはM井銀行→M井住友銀行となっている。これは,信武鉄道の母体である上野鉄道設立時に,M井財閥の資本参加があった点が大きい。富岡製糸場の経営にM井財閥が関わっていたこともあり,上野鉄道時代からのつながりが現在でも維持されている。鉄道車両の主制御機の約半数にT芝製が採用されていたり,長野信武百貨店がM越と提携していた時期があるなど,そのかかわりが垣間見える。
▼ 渋沢家との関わり
第一国立銀行(現Mずほ銀行)の創設者,渋沢栄一の生家は武蔵国榛沢郡血洗島村(現深谷市)であり,上野鉄道の発端となった乗合馬車を運営する,本庄の諸井家とはつながりがあったとされる。故に,Mずほ銀行は大株主に名を連ねている。また,武州鉄道に出資していた武州銀行(現埼玉Rそな銀行)の設立や,多数の信武鉄道の車両を製造した汽車製造(現K崎重工業)の設立にも,渋沢家が関わっている。
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